自分 の 感受性 くらい。 【詩】茨木のり子「自分の感受性くらい」がマジしみる ぱさぱさに乾いていく感性を持つビジネスマンへ │ 音楽とビジネスのブログ

自分の言葉を、乾いていく心を、感受性を、どう守っていけばいいのだろう:telling,(テリング)

本当に久しぶりにページを繰って「図書館員の本箱」にこれを書こうと思ったのもあるきっかけがあったからだ。 「初心消えかかるのを 暮しのせいにはするな そもそもがひよわな志にすぎなかった」 私はつまらない大人になりました。

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茨木のり子の詩「自分の感受性くらい」

「茨木のり子さんと朝鮮」 茨木のり子さんは1976年、50歳の時にハングル(朝鮮語、韓国語)を習い始めている。 なぜこのようにすんなり入ってくるのか、第二の理由として、それはやはり作品と作者が「弱さ」を「隠そう」としていないからだろう。

茨木のり子の詩「自分の感受性くらい」

私たちが、今この時代に心豊かに生きていくためには、何が必要なのでしょう。 正直言って、常時であればまだしも、非常事態に「ばかものよ」と言われるのはちょっとキツイ。

『自分の感受性くらい』(茨木のり子)の感想(99レビュー)

その鋭利が、時代を超える理由なのだろう。

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茨木のり子のおすすめ詩集5選!名作「自分の感受性くらい」が胸にささる

ぱさぱさに渇いてゆく心を ひとのせいにするな みずから水やりを怠っておいて 気難しくなってきたのを 友人のせいにするな しなやかさを失ったのはどちらなのか いらだつのを 近親のせいにするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ —————————————— 第二次世界大戦を生き抜いた人です。 その在学中に空襲や勤労動員(海軍系の薬品工場)を体験し、1945年に19歳で終戦を迎えた。

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「自分の感受性くらい」茨木のり子

それまで、友達なんて少数でいい。 久しぶりに太陽が顔をのぞかせました。